貴方に捧げる歌
クリスマスイヴに雪が降るなんて何十年ぶりだろうか、そんなロマンッチックな夜のコンサートホールは熱気に包まれている。曲の合間に地鳴りのような熱狂が響く中で彼女は唄っている。少女から成長した大人の美人歌手である。
今や押すも押されもせぬ人気絶頂の歌手、麻野七星(あさの ななほし)は三万人の大観衆の前でヒット曲(A Song for the Far Away)を熱唱していた。観衆は総立ちで曲のリズムに合わせて手拍子をしている。
この一年、麻野七星の出す曲は全てが、ヒットチャート一位に輝く売れっ子歌手であり、その歌唱力も絶賛されていた。
そんな七星に掛け替えのない恩人である堀田の視線が届いたのか、七星は間違いなく唄いながら堀田に語りかけているのが分った。二人にしか分からないメッセージをステージから堀田に送り続けている。それが堀田の胸に熱く響くのだ。
あれは今から丁度十年前の事だ。当時、堀田優(ほったまさる)と星野統子(ほしのとうこ)は同じ高校の一年生だった。統子はコーラスグループに入っていた。堀田と来たら学校でも有名なワルで知られていた。
中学時代から何回も補導された札付きの不良である。
高校入学も地元では悪名が噂になり学校に入れて貰えず、隣の県の私立高になんとか入れたのだ。
高校に入っても一年生ながら、上級生に喧嘩を吹っかけ袋叩きにしてしまった。
堀田が入れる位の高校だから勿論、低レベルの学校である事は間違いない。
だがスポーツと音楽部だけは別格で全国レベルにあり、その方面では知れ渡った有名高校だ。
学校も苦労しているだろう。スポーツと音楽だけは全国レベルなのに堀田みたいワルが偏差値を下げている。
堀田は相変わらず高校に入ってもワルを貫き通した。その噂は学校中に広がった。
一年生で暴れまわる堀田が目障りだったのだろう。この学校の番長が生意気だと喧嘩を仕掛けて来た。だがこれも返り討ちにした。
一年生でも喧嘩は誰にも負けない。それが堀田の唯一自慢でもある。もう逆らう者は、この学校では誰も居なくなった。あまりの非道ぶりに見かねた担任の先生は堀田に、そんなに人を殴りたいならボクシングをやれと勧められた。
それがきっかけだった。堀田は水を得た魚のようにボクシングに、のめり込むようなった。
ボクシングは魅力だった。なんと言ってもルールさえ守ればいくらでも人を殴れるからだ。
今まで人を殴れば恨まれ最悪の場合は警察沙汰にされた。だが此処では強いと尊敬の目で見られるのだ。
運動神経と瞬発力は元々自信があった。それがあったからこそボクシングも上手くなっていった。
そして堀田は見事に先生に嵌められた訳だ。ある意味では更生させられたのだ。
ツッパリの堀田が面と向かって先生に感謝の言葉は出て来ないが、心では礼を言っている。
高校一年の二学期が終り冬休みに入った時の事だ。ある事件が起きた。
堀田はすっかりワルを止めた訳ではないが、ボクシング部長に釘を刺されていた。
「いいか堀田、高校インターハイに出たかったら悪は慎め。分かるな」
堀田もそれは分かっている。今は目標が出来た堀田だ。いつまでもワルをやっている訳には行かない。
だが冬休みに入って数日後のことだった。堀田はいつものように近くの河川敷を走っていた。
もう夕刻で日が沈みかけていた頃だ。
河川敷の草むらに人が倒れているのが見えた。堀田はその方向に走って行った。
同じ高校の制服を着た女子高生のようだ。だが衣服が破け下着が露出していた。堀田はすぐ状況を読みとった。彼女は強姦されたのだと。それが星野統子だった。この時は互いに面識もないし名前も知らなかった。
一年生だけで四百人もいる学校だ。知らないのも当然だが。
「おい! どうしたんだ?」
「いや〜〜来ないで! 見ないで!」
「そんな事を言ったってよう。もう見たよ。大丈夫ぜったい誰にも言わない」
「…………」
彼女は沈黙したまま側に脱ぎ捨てられていた衣服を慌てて身に付けた。
蒼ざめた顔をしているが、都会的な雰囲気でキリッとした顔立ちでかなりの美少女であった。
それと比較して堀田はゴツイ顔ではないが眼つきが悪く、善人にはほど遠い人相だった。
上手く表現出来ないがヤクザ映画で例えるなら、顔だけで威嚇出来る(こわもて)の顔? かも知れにない。
自分でも鏡を見て産んだ親を恨みたくもなる。
ただ堀田にも美学はある。弱い者には手を出さないのが堀田の哲学(ポリシー)である。
「大丈夫、約束する。それより怪我はないのか」
「怪我はないけど……あたし……あたし」
「強姦されたと言ってもやられた訳じゃないだろう。泣くな。もう忘れろ。そいつ等を教えろ、仇をとってやる。そして口を封じさせてやる」
「強姦じゃなく強姦未遂よ。激しく抵抗したから犯されてはいないけど……嫌な言い方をするのね。でもありがとう……貴方の名前は?」
「俺か、堀田優(ほったまさる)だ」
「え? あなたがあの……」
「俺を知っているのか? そうだろう有名なワルだし、だが心配するな。こう見えても女には優しいんだ」
「ううん、噂だけは知っている。でも顔は知らなかったわ」
そういって緊張が解けて来たのか統子は泣きじゃくった。
無理もなかった。大きな心の傷を負ったのだ。できるものなら誰にも知られたくなかったのだろう。
同級生にも親にも、それが知れたら統子は自殺をしかねない。それから堀田は一生懸命に統子を励ました。
「不運とだと思って忘れろ。それと噂が立たないように、俺がなんとかする。そして襲った奴等を見つけ口を封じさせてやる。キチンと衣服を整えて分からないよう帰るんだぞ」
ショックは隠せないが、堀田の励ましが役にたったのか少し落ち着いたようだ。
堀田もかなりのワルだが、泣き崩れる彼女を見ていて怒りが湧いて来た。
ましてやか弱い女性を複数の人間で、強姦するなんて人間のする事じゃない。
嫌がる統子からやっとのおもいで、三人の風体を聞き出した。
その時はそれで別れたが名前を聞くのを忘れた。この状況では聞きにくい、後にコーラス部に所属している星野統子と分かった。噂によると奴等は不良三人組で評判が悪く、高校中退して職にも就かず遊び歩いているらしい。だからと言って汚れの知らない十六歳の少女にすることか。それから数日後のこと、堀田は奴等を捜しあてた。
その不良三人組はともに二十歳らしく、ゲームセンターに時々現れる情報を得て堀田はその場所に赴いた。
「そこの三人! ちょっと話がある顔を貸してくれないか」
「なんだと!? まだガキじゃないか。この野郎偉そうに俺達に喧嘩を売ろうと言うのか」
「まぁどうとってもいい。近くの河川敷まで来て貰おうか。それとも怖気付いたか?」
年下に凄まれ、三人は理由も聞かず頭に血がのぼったのかついて来た。
相手は堀田より四歳も年上の街の不良グループ相手に堀田は喧嘩を吹っ掛けたのだ。
「おまえらに聞きたい事がある。先日、高校生の女に何をした? 言ってみろ!!」
「なっなんだと! てめぃ見ていたのか。ふざけやがって」
奴等は一斉に堀田を取り囲み殴りかかって来た。
堀田には奴等の動きがスローモーションのように遅く見えた。
ボクシングを基本から習った今の堀田には、奴等の動きはスキだらけだった。堀田の右フックが一人目の顎を捉えた。
左から殴りかかって来た男のパンチを肘で交わしカウンターパンチをボディーに喰いこませると男は口から泡を吹いてうずくまった。最後の一人が怯んだスキに顔面を狙って頭突きを喰らわせた。男はもんどり打って倒れた。のたうち回る三人をパンチと蹴りで、気絶寸前まで叩きのめした。舐めてかかった相手がとてつもなく強く、恥も外聞も忘れて逃げ回った。
もう不良三人組は逆らう気力も失せて、許してくれと謝るばかりだった。今の堀田には三人くらい相手にしても勝つ自信があった。今だってワルは変わっていない。ただボクシングをやりたくて我慢しているだけだ。
堀田は半端じゃないワルだ。しかし今日を最後にしたいと思っている。
堀田は奴等三人を丸裸にして用意してきたデジカメであらゆる角度から写真を撮った。それと誓約書を一筆書かせた。
警察に突き出さない代わりに今回の件は忘れろ、それがお互いのためだとも付け加えた。もし約束を破ったら町中に写真をバラまくと脅した。不良グループが縛られ裸の写真を撮られては立場がない。今回の件はこれで収まった。これを機に堀田もワルを卒業してボクシングの道に進みたい。いつまでもワルでは生きて行けない。
その翌日、堀田は統子に奴等の書いた誓約書を渡した。写真も渡そうとしたが顔を見たら恐怖が蘇ると思いそれは見せなかった。
「統子、これでおまえも安心だろう。もうこの出来事は誰も知らない。俺も忘れる」
「ありがとう。でも誓約書は優くんが持っていてくれる。一生この恩は忘れないわ」
「ああ、それもそうだな。こんなのを見たら嫌な事を思い出すものな」
そして翌年、堀田は高校二年になりボクシングで県大会個人の部で優勝した。
統子もコーラス部で同じく県大会で団体優勝。団体ではあるが喜びは同じだ。
堀田と統子はいつの間にか、あれから交際していた。美女と野獣、人はどう見るだろうか。
ただ統子の心の傷は完全に消えた訳ではない。そんな心の傷を堀田は知っている奴等を除き唯一の人間である。
だから堀田は付き合うようになって一年が経つのに、キスしかしたことがない。
統子との交際は誰にも知られていない。堀田みたいな不良と噂になったら統子の評判も悪くなる。
統子に誓った訳ではないが、堀田のワルは影を潜めボクシング一筋に励んだ。
それも統子の優しさがあったからだ。人を虐めて得る快感よりも、恋する快感は何よりも素晴らしい。
堀田は他人から、いや親からも優しくして貰った事はなかった。原因は夫婦仲の悪さから来ていた。家庭は荒れ放題で堀田がグレたのもうなずける。人を虐めるよりも優しくし方が心地よいし感謝される。なぜ気づかなかったのだろう。もっと前に優しさが心地よいと分かっていたらワルの道を歩まなかっただろう。親のせいとは言わないが、居心地の良い家庭ならこうはならなかっただろう。
あの日の出来事がなかったら統子との出会いもなかっただろう。
妙な縁だが堀田は統子の生涯忘れられない傷を負った。これ以上痛まないように包んであげたいと思っている。
そんな気遣いの交際であった。でも統子は堀田の心遣いを愛に変えてくれた。
統子の優しさに堀田は酔った。これが恋か愛なのか? そして一生この手で守ってやりたいと思った。
今ではすっかり明るくなった統子が眩しい。輝く統子の笑顔は美しく太陽のようだ。
更に一年が過ぎ、堀田と統子は卒業した。元々堀田は大学進学を考えていない。高校を卒業出来たのも不思議でならない。一方の統子なら大学進学も出来たはずなのに少しでも早く歌手になりたくって東京に出る事にした。
統子は当然だが堀田が卒業出来たのは奇跡に近い。ボクシングに励んだからだろう。卒業出来た恩人の統子、全てが統子との出会いから始まった。統子の前では真面目で優しい人間でなければ付き合う資格がない。周りが驚くほど真面目を演じた。いや統子の前だけは本物の真面目を貫いた。
そしてもう一人、堀田にボクシングへの道へ誘ってくれた先生のお陰だ。
堀田は柄にもなく『先生の教えは生涯忘れません』と汗をかきながら精一杯感謝の言葉を述べた。
先生は大袈裟だよと言いながら喜んでくれた。最悪の不良を更生させたのだから、教師冥利に尽きるというもの。
堀田の進路は東京のボクシングジムに通いながらアルバイトをすることに決めた。
勿論、夢は世界チャンピョン。ボクサーなら誰でも目標は其処に置く。
統子も同じく東京の音楽事務所で勉強しながら歌手になる事を目標に、互いの将来を夢見て社会へ踏み出して行った。
あれから高校を卒業し社会に出て二年が過ぎた。
堀田は二十歳になってやっとプロボサーのライセンスを取ることが出来た。ボクサーとしてはやや遅咲きだが基礎は学んで来た。今では体も締まり筋肉質で普段の体重が六十五キロあるが、フェザー級では五十六キロ前後だ。
ボクサーは減量との戦いと聞くが、やはり九キロ落とすのは大変だった。
かなり遅すぎたが、やっとデビュー戦が決まった。
生活が優先する為、働く方に時間をとられたせいだが夢の一歩が始まった。
あんなに喧嘩では無敵だった堀田も、プロの道は厳しく半年間は四回戦ボーイが続いた。
一方の統子も一向に目が出ず、ベテラン歌手のサブマネージャーとして働いている。
つまり身の回りの世話と使い走りのようなものだ。しかし都会生活に慣れて来て、芸能人らしい雰囲気が漂い始めている。
元々美貌の持ち主であり小顔で目鼻がくっきりとしている。美少女から美女へと変身して行く統子が眩しい。
性格も良いし、その容姿端麗と磨かれた歌唱力がある。きっと近い内に成功するだろう。
売れ出したら一気に人気に火がつくのではないかと、堀田は思っている。
だが今は二人とも無名。互いにもがきながらも決して夢は諦めないと頑張った。
互いの夢のために、堀田と統子のデートは月に一回程度しかないが幸せだった。
やがて一年が過ぎ堀田は急に運が向いて来た。二十一歳で新人王のチャンスがやって来た。
そして堀田は悲願の東日本新人王に輝き、勢いに乗り更に半年後に堀田はついにフェザー級、日本チャンピオンになった。試合を観戦に来ていた統子はさっそく祝福してくれた。
「優、おめでとう。私も頑張らないと。テレビに出られるような歌手になるんだ」
「ああ、統子なら大丈夫だよ。俺だって日本チャンピョンになれたんだ。次は統子の番だよ」
「うん。その頃は優も東洋チャンピョン、その次は念願の世界チャンピョンかも」
「ハッハハ頑張るよ」
「うん。わたしも頑張る。そして二人で有名になって……そして」
「そして、なんだよ?」
「もう! 分かっているくせに。女にそんな事を言わせないで」
統子は照れくさそうに笑った。互いに口には出さないが成功したら結婚したいと思っていた。
やがて堀田は二十二歳で東洋チャンピョンになった。次に世界を狙える男として、ボクシング専門雑誌にも載るようになり少しは有名人になって来た。そして統子も、ついに歌手名は麻野七星(あさのななほし)として売り出す事になった。
やっと念願のデビュー曲が決まった。それが(A Song for the Far Away )だ。
歌詞は統子が書いた。統子はこっそり教えてくれた。堀田をイメージして書いた歌詞だと。
A Song for the Far Away(貴方に捧げる歌)つまり優に捧げる歌だ。元々歌唱力のある統子である。自分で作詞しただけに歌に感情がこもっていた。その甘い声で切なく唄い続ける歌は聴く人の心を惹きつけた。作曲してくれた先生の曲と詩がマッチし人々の心を捉えた。なんと発売二ヶ月でヒットチャートに乗ると一気にスターダムに伸し上がった。
統子は歌手、麻野七星(あさのななほし)としてまさに星を掴んだ。
変わった名だがこれは七曜星からとった名だ。別名北斗七星と呼ぶ。
堀田も小さい星を掴むことが出来たが、統子の方はもっと凄い大きな星を手にした。
もはや麻野七星を知らない人は居ないくらいの、有名な歌手に伸し上がって行った。
二人は夢を完全に掴んだかに思えたが、そう良い事が続くとは限らないのが世の中だ。
そんな折り忘れかけていた、あの三人の男たちの目に止まった。
やっぱり一度罪を犯し者は簡単に抜けられないようだ。奴等は知っていた。麻野七星があの時の高校生だと。
集団強姦の時効それが七年。丁度その時効が切れたことを知って奴らは獲物を求めて動き出した。
だがこれは彼らの勘違いだった。法改正され不同意わいせつ致傷事件、時効は二十年とされている。
有名人となった麻野七星を、自分達が強姦して更にそれをネタに強請りをかけて来た。
有名歌手のスキャンダルは致命的だ。ましてや強姦されたとなるとダメージは計り知れない。
もちろん同情してくれる人は多いだろう。だが好奇の目で世間に晒される。とく清純歌手が売り物にしている統子は致命的だ。超売れっ子歌手となれば、そんなスキャンダルは歌手生命どころか人生に関わる一大事である。
そればかりか、歌手としてより女としてこれ以上の恥辱はない。もし明るみに出たら即引退、日本にもいられなくなり海外に姿をくらますしかなくなる。そんな事を世間に知られるくらいなら死んだほうがマシだ。
統子も忘れていた。それは所属する音楽事務所にも絶対に言えない秘密であった。
トラウマとして統子の心の中には残っている。忙しさで忘れかけていたものが再び掘り返された。
あまりのショックに統子は、急病と称して全てのスケジュールをキャンセルした。
統子は堀田に相談するしかなかった。統子はひと目を忍んで堀田の所に相談に来た。
堀田は怒りで煮えくり返った。やはりあの時に警察に言うべきだったのか。
しかしあの時は統子のことを考えて、奴等を黙らせ全てが終わったと思っていたのに。
その三人は調子に乗って多額の金を要求してきた。
堀田はどうしたら、奴等を完全に黙らせられるか考えたが結論が出ない。
統子が有名人でなければ、闇から闇へ葬ることは出来るのだが。
あんなダニは一度金を払ったら最後、次から次と要求してくるに決まっている。
もともと堀田はそのワルだった。あいつ等の考えている事は手に取るように分かる。
考えたあげく、統子に堀田の案を説明した。その結果奴等を誘い出すことにした。
誘い出す為にはどうしても統子本人に来て貰うしかなかった。今や有名人だ。一目を忍んで行くにも二度と見たくない連中と顔を合わせるなんて、これ以上の恐怖はない。しかし強請りを終わらせるにはこれしかないと統子も覚悟した。
勿論、要求された金は用意していない。奴等はまんまと指定された夜の公園にやって来た。
統子は三人組の前で震えていた。『俺が付いているから』そうは聞かされていてもやはり不安だっただろう。
またあの十年前の悪夢が統子に蘇って来た。
もう高校生でもない立派な大人だが、普通の大人ではない超売れっ子の清純派歌手である。
それが奴等の強請りで崩れ去ろうとしている。十年も苦労した掴んだ夢が砕け散る恐怖が襲って来た。
堀田は茂みに隠れて好感度ビデオカメラで撮り続けた。恐喝の証拠を掴む為に飛び足すのを耐えていた。
震いながら統子もそれなりの演技をしている。
「分かっているな。警察に言ったらバラスからな。で、金は持って来たか?」
暗がりだが公園の防犯灯の薄明かりで、なんとか彼らの顔がビデオに写っている。勿論音声も。
これはもう完全なる恐喝の証拠となる。もはや証拠は揃った、あとは奴らを黙らせるだけだ。
堀田は証拠となるビデオを撮り終え、そのビデオをベンチの下に隠してから歩み寄って行く。
奴等が統子を取り囲み押さえつけようとした時だ。堀田は奴等に声を掛けた。
「オイ!! てめえら、あれほど言ったのに忘れたのか」
「なっなんだ! おめぇはマネージャーか。俺達はちょっと口止め料が欲しいだけだ。別に取って喰おうって訳じゃないぜ。怪我しないうちに消えな」
「黙れ、この野郎! 俺を忘れたのか」
「なんだって? ……あっ、まさかあの時のおめぇか。だけどよ〜もう時効だぜ。時効」
「何が時効だ、今おまえたちのやっている事は恐喝じゃないか新たな犯罪だ」
堀田は完全に頭に血がのぼっていた。いきなり一人に襲い掛かった。
だが奴等も用意周到にナイフを隠し持っていた。
堀田は不用意にも突き出されたナイフで右脇腹のジャケットが破けた。
それでも俺は今や東洋チャンピョン。油断さえしなければナイフなんか怖くない。
奴等の動きは全て見切れる。堀田は頭に血がのぼったが冷静さは失っていない。
ボクシングで鍛えた腕で、あっという間に奴等を半殺しにしてしまった。
奴等にとって堀田がプロボクサーである事を知らなかったのが不運だった。
本当はこの辺で止めて置けばよかったのだが、統子の恐怖を考えると堀田は許せなかった。
堀田は倒れた三人を容赦なく蹴りつけた。あの時以上に。三人とも複雑骨折している筈だ。
奴等はなんとか命は助かったが、三人ともかなりの重傷を負った。当然長期入院が必要だろう。
多分、退院しても後遺症が残るだろう。二度と手が出せないほど半殺しにしてやったのだから。
「いいかおまえら、おまえたちが恐喝している証拠をビデオにキッチリ収めて置いたぜ。警察に捕まればおまえ達の事だから余罪がいっぱい出てくるだろうよ。覚悟して置くたんだな」
ワルの時代の堀田が顔を出したようだ。そこには極悪非道と自負していた当時の堀田が蘇っていた。
近くで見守っていた統子が、心配そうに駆け寄ってくる。
「優ありがとう。でも警察に知れたらどうなるの? 私の為に貴方が……」
「良いって。これで統子が救われるなら刑務所に入ったって平気さ」
「バカ! そんなんじゃ私、喜べないわ。歌手を辞めてもいい。覚悟しているの」
「よせやい。俺はおまえが輝いているのを見たいんだ。カッコをつけさせろよ」
その時だった。バタバタと数人の警察官が血相を変えて走って来た。
騒ぎを聞きつけた誰かが警察に通報したようだ。堀田は暴行の現行犯で緊急逮捕された。統子は慌てて警官を制した。
「彼等は私を強請ったのよ。この人は私を守る為にしたこと。相手が怪我をしたとしても正当防衛でしょう」
「勿論、双方とも調べるが警察署まで来てもらうことになる」
そう言い終わらないうちに、統子を見て警官はハッとして統子の顔をマジマジと眺めた。
「……もしかして貴女は歌手の麻野七星さんでは?」
堀田は不味いと思った。いくら警官でも過去をほじくり返させたくなかった。
[違う! この人は俺の恋人だ。別人だ」
だが誤魔化せなかった。あまりにも有名過ぎて隠しようがなかった。統子は堀田を制して言った。
「いいのよ。こうなったら命がけで優の弁護をするわ」
勿論、堀田と統子も警察署に連れて行かれた。だが三人組は重傷で救急搬送された。警察は病院について行き、怪我の状況を見なかせら事情聴取する事になった。そしてこの事件が十年前に遡っている事が明るみ出た。
堀田も証拠なるビデオと十年前の誓約書を提出した。
堀田は事情聴取されながら統子の秘密は絶対に守ってくれと頼み込んだ。統子はなんの罪もない。それどころか大きな心の傷を背負った被害者なのだ。統子も隠そうとしなかった。私の為に優は傷害事件を起こしたのだから。少しで罪を軽くしなくてはならない。十年の前の強姦未遂事件。警察は分ってくれた。その秘密は全て伏されたが事件に巻き込まれた事は隠せなかった。こうなると音楽プロダクションにも隠し通せなくなった。
ただ悪質なファンに襲われた所を、助けてくれた人物が救うという建て前で事は進んだ。
統子は事務所に頼み最高の弁護団を揃えて堀田の為に尽くしてくれた。
裁判でも堀田は統子の強姦未遂事件の事には口を閉ざした。頑として統子を法廷に証人として呼ぶ事を拒んだ。
しかし何かを隠していることを検察側はすでに調べ終えているようだ。
仕方なく堀田は最後の願いを裁判所に託した。裁判では事件(強姦未遂)のことを考慮し願いを聞き入れてくれた。
有名人の過去を暴き、しかも自分達が犯した強姦のみならず更に強請ったとなれば悪質過ぎる。
普通の人でも世間に晒されたら一生の傷跡が残る。しかも今は超売れっ子歌手とあれば一瞬にして全てが終わる。
因って統子が強請られた理由である強姦未遂事件が重要な要素となる為、非公開裁判が認められた。
しかしあの三人組の一人は片目が失明、あと二人は歩行に障害が残った。
悪質な相手への傷害事件に情状酌量の余地はあるが、三人とも大きな後遺症が残る事が本裁判の判決を左右した。
そして三人組への判決が下された。十年前の強姦未遂に加え、今回は自分達が起こした犯罪で更に強請とは悪質極まるとし懲役十年が言い渡され控訴しない事から刑が確定した。退院したのち収監される事になる。
一方堀田は本来なら執行猶予が付くところだが、過剰防衛で身体に生涯が残りプロボクサーの拳は凶器とみなされ懲役五年が言い渡れたが、納得できない統子は上訴を申し出た。それから半年、堀田は三人を相手に重傷を負わせたが、相手は三人しかも刃物まで待ちだしている事が考慮され刑は五年から縮小され三年の実刑が決まった。
それでも執行猶予が付かない事に統子は泣いた。堀田の前で泣きじゃくった。しかし今は有名歌手なのだ。そんな姿はファンに見せてはいけない。有名人が俺なんかの為に……泣いてくれた。堀田はそれだけで十分満足している。
だが刑務所に入る事によって堀田の目指した世界チャンピョンの夢は閉ざされた。それでもいい統子の夢が壊れないなら。
統子には俺の分まで希望の星となって頑張ってくれと、堀田はやせ我慢して最高の笑顔を歌手、麻野七星に贈った。
三年の月日は流れ堀田はやっと出所した。あの事件の事は幸い世間に知られることなく統子は、今も第一線で活躍して今や押すも押されぬ実力歌手として君臨していた。
統子が最高の弁護士をつけてくれた。それでも三年の刑で済んだことは幸いだった。
なんでも奴等のうち一人は歩けなくなった事を苦に刑務所で自殺したらしい。それだけ肉体的にも精神的にも追い込んだのだから。でも同情しない。自殺するほど心が弱いなら最初からワルの道に入るべきじゃなかったのだ。
統子は何度もひと目を忍んで刑務所へ面会に来てくれた。気持ちは嬉しかったが今の統子にはスキャンダルは命取りとなる。俺のことは忘れてスターの道を進んでくれと面会を断った。これはワルを貫いて来た男の誇りだ。
大切な人を守る為なら己を犠牲にしても守り通す。決して見返りを期待しない。それが愛と言うものだ。それが堀田のポリシー。その出所の日を統子は知っていたが、相変わらず寝る暇も無いくらいスケジュールが詰まっていた。
統子は何度も刑務所に手紙でスケジュールに穴を空けても行くと書いてあった。
堀田はその返事に(プロなのだからそんな事をしてはいけない。統子の夢は俺の夢でもあるのだから)と。
統子は二人の夢の為にステージに立った。そして今日も三万人もの大観衆の前で唄っている。
堀田が今日この会場に来ている事を統子は知っていた。
だから統子は堀田の為にデビュー曲A Song for the Far Awayを、今夜はアンコールを含め三回も組み入れていた。
統子はA Song for the Far Away唄うたびに涙を流した。何も知らない大観衆は熱唱に酔った。
会場の片隅で聴いていた堀田は、A Song for the Far Awayの歌を聴くたびに心が熱く燃え上がり涙が頬を濡らした。
統子の歌声は間違いなく訴えていた。私の側を離れないでと。それは堀田にとっても胸が引き裂かれる思いだ。
『ありがとう統子』そう呟き、堀田は最後の曲A Song for the Far Awayを聴き終えると会場の外に出た。
いつの間に雪は止み、真冬の夜空には満天の星が輝いていた。俺は犯罪者だ。もうボクシングは出来ない。
全てが夢で終わったが、でもいい統子はあの忌まわしい事件から立ち直り大スターとなったのだから。
だが、そんな堀田にボクシングのコーチとして、雇ってくれるというジムがあった。
堀田もまだ運があるのかと思っていたが、後に知った事だが統子は沢山のジムに掛け合い、人物は私が歌手生命を賭けて補償するからコーチの道を与えてやって欲しいと頼まれたと言う。ジムの会長もその時は驚いたそうだ。
麻野七星と言ったらそれは有名人だ。それがマネージャーと一緒に一目を忍び、会長に哀願したらしい。
『歌手生命を賭けて補償する』には感動したそうだ。なんとか無職で、さ迷う事にならないことに感謝する。
堀田の夢は絶たれたがコーチとしてせめてこの手で世界チャンピョンを育てる夢を見よう。そうだ生きている限り夢と希望はついてくるものだ。
『まぁ若い時に散々悪いことをした償いと思えば、これも俺の人生さ』とまた呟いた。
夜空を見上げたら、北斗七星が今夜はくっきりと見える。
まるで歌手、麻野七星が星となって俺に微笑みかけるような思いだ。
『あいつ等は屑だった。だが俺も似たような屑だが。星屑の街か……笑わせるぜ。犯罪歴のある俺は歌手麻野七星に相応しくない。消えよう星屑のように……』
そんな堀田を退き止めるように、統子いや麻野七星の歌声が聴こえて来るようだ。
『A Song for the Far Away』
♪ あなたに逢えたから 私は此処にいる
あの日の誓いは いま実ろうとしている
忘れていないわ 約束した日ことを
二人の夢を叶えよう 二人はグッマイラブ
あなたの為に唄うの グッマイラブの歌を
I sing for you I sing for you ♪
♪ あなたに支えられて 私は此処にいる
あなたと私の夢は 今こうして実った
大勢の人に見守られ このステージに立つ
二人の夢は叶えられ 二人のグッマイラブ
あなたの為に唄うの グッマイラブの歌を
A Song for the Far Away♪
統子が作詞した歌詞の中に(忘れないわ、約束した日ことを)とある。
『嗚呼……忘れないよ。美少女が夢を叶えた。ワルの俺も夢を叶えたさ。君が叶えた夢は俺の夢でもあったのだから、これ以上の満足はないさ。でも俺はグッバイラブさ。いつも何処かで君を見ている。どうせ俺は屑だった、屑は消え去るのみさ』
星空を眺め堀田は独り言のように呟いた。
統子が言ったように歌手生命を賭けて保証する。確かに間違いなかった。会長も今では良い人を紹介してくれたと喜んでいる。出所してから半年が過ぎた。その間何度も統子から電話やメールが入った。連絡して下さい。の催促だった。そう堀田だけが知っている統子の携帯電話番号がある、いわばホットラインだ。
人気絶頂の統子に出来れば、おめでとうと言ってやりたかった。しかし今の堀田は前科者だ。そんな奴は有名歌手の側をうろついたらどうなる。そう思って連絡をしなかった。そんなある日ジムの会長から話があると言われた。
「会長、改まってどうしたんですか」
「ほら先日言っていた秋山をどう思う」
「ええ期待していますよ。今年中に日本チャンピョンに挑戦させますよ」
「そういう若いのが育ったのもおまえの教え方が上手いからだ。ところが俺と来たら最近メッキリ体力が落ちてな。若い奴を教える体力はないし持病も悪化し、そろそろ引き際だと思っている」
「会長、どうしてそんな弱気になって」
「それだけじゃない。将来性のあるボクサーが入っても貧乏ジムで埋もれさせる訳にはいかん」
「まさかジムを閉めるって言うんじゃないでしょうね」
「悪いが気力も資金もないんだ」
それから一週間後、会長は麻野七星に電話を入れた。せっかく預かった堀田を雇えなくなると。驚いた麻野七星は電話ではなく直接ジムへお忍びでやって来た。
更に一週間後、会長が堀田に話があると言う。ジムを閉めると言っているのにそれ以上悪い話があるのかと思った。
「堀田、大変なことになったよ」
「会長、今度はなんですか、まさか癌だとか言い出すんじゃないでしょうね」
「バカ、いい話だ。これまで内緒にしていたがおまえがうちのジムに入れたのも、ある人が保証人になってくれたからだ。しかも歌手生命を賭けて保証すると言ったんだぞ。俺は度肝を抜かされたよ。あんな有名人に」
「まっまさか総子、いや麻野七星のことですか」
「そうだ。なんでもおまえ達は同級生とか聞いたが、それだけの仲でそこまでするか」
「そうですか、彼女が裏で動いてくれたんですね」
「そうだそれだけじゃない。麻野七星さんが会長さんさえ良かったら、このジムを買い取り七階建てのビルにするというんだよ。おったまげたよ。この土地と七階建てのビルを建てたら十億近くなるぜ、一階二階を貸し店舗、三階四階をジム五階はおまえの住まいにするそうだ。ただし六階七階は麻野七星さんの事務所にするそうだ」
「まさか……」
「勿論おまえがこのジムの後を継ぐのが条件だそうだ。俺も安心して引退出来るよ。老後の資金も入って来るし」
堀田は驚いて総子に電話を入れた。総子に迷惑掛けないように消えようと思ったのに。
「もしもし総子かい俺だよ」
「ふっふ、やっと電話を掛けて来たわね。どうして私の前から消えようとしたの。何度も何度も電話したのに出てくれないし」
「悪かった。だけど君に迷惑かけたくないもの」
「バカそれで私が喜ぶと思ったの。勘違いしないで迷惑かけたのは私よ。そう一生かけても償いきれない迷惑をかけたの。今度は私が貴方を助ける番よ」
「しかし、とてつもない話を会長から聞いたよ」
「お金は心配しないでウチの事務所におねだりして出して貰ったの。何に使うのと聞かれたから私の恩人の為にと言ったら、そうか彼は我々にも恩人だからとOKしてくれたの」
「それにしても、とてつもない金額だぞ」
「うぬぼれじゃないけど今の音楽事務所は私で持っているようなもの。たかが数十億をケチる事はしないはずよ」
「確かに統子は大物だよ。それにしても君も掛け引きが上手くなったね」
「当然でしょう自慢じゃないけど今では一人前の歌手よ。そして立派な大人。でもこれは恩返しの一部よ。まだまだあるから覚悟して、それと聞いたわ。私と距離を置こうとしたそうね、なによ! なにが星屑の街よ。かっこつけないでよ」
「いやそれはあのその……」
「冗談よ。ただ約束して、いつまでも私の側に居てとは言わないけど見守って頂戴。優に守られて居ると思うと私頑張れるの」
「分かった、分かった約束する。これからも宜しくな」
「うんありがとう。いつかまたお忍びで飲みに行こうね」
改めて思う。成功することは凄い事だ。統子は名声と莫大な資産を手にした。堀田は世界チャンピョンになれなかったけど育てる夢がある。それを総子が与えてくたれ。そして今日もジムで堀田は汗を流す練習生に気合を入れる。そしてジムのラジオから流れるA Song for the Far Away 曲がジムの中で鳴り響く。
あれから三年、堀田がジムを引き継ぎ会長となって、ついに世界チャンピョンが誕生した。
堀田も世界チャンピョンを夢見てこの世界に入ったが、夢は絶たれ一時はボクシングから離れようとしたが統子が支えてくれてボクシングコーチとして世界チャンピョンを育てる事に生き甲斐を感じていた。そしてその夢が実ったのだ。世界チャンピョンを育てた手腕が買われ、続々と入門する者が増えた。堀田優の名はボクシング界でも有名になった。
世界チャンピョンが誕生したことで盛大にパーティーが開かれた。
統子こと麻野七星も人目を避けることなく堂々とお祝いに駆けつけた。更には元会長の長野や堀田に高校時代ボクシングを進めてくれた恩師であり現在教頭になった岩貞など百人もの人達がお祝いにやって来た。
「皆さんありがとうございました。今の僕があるのは皆様の支えがあったからです。特にここにお越しの恩人を紹介します。まずは前会長の長野さんに拾って頂き現在の僕があります。そして二人目、恩師でありボクシングを進めてくたれ岩貞教頭です。高校時代は手を付けられないほどワルでした。教頭のお陰でボクシングの面白さを悟りました。もし教頭が進めてくれなかった現在の僕はありませんでした。本当に感謝しかありません。更にこの人の存在があったからこそ僕も頑張れたのです。紹介するまでもありませんが麻野七星です」
麻野七星の登場で会場は大いに盛り上がった。驚いたのは取材に来ていた報道陣だ。
「会長、会長と麻野七星さんの関係は初めて聞きました。どういう仲なのですか」
堀田はここで話せば統子こと麻野七星の過去が知れてしまう。堀田は統子をチラッと見た。だが統子は笑顔でかまわないと言っているようだ。堀田が躊躇していると岩貞教頭が割って話を始めた。
「失礼、私が二人の関係を説明しましょう。堀田と麻野七星こと星野統子は高校時代の同級生でした。二人は卒業後、東京に出て夢の為に歩み始めました。こうして今は二人とも有名人になりましたが、それは苦労があったでしょう。それを乗り越えて現在の地位を築きました。教え子の成功は何よりも嬉しく、また私のような田舎教師を招いてくれたことに感謝します」
流石は教師、うまく取り成してくれた。パーティーも和やかなうちに終わり親しい者たちただけが残っていた。
「堀田くんいや会長、前から聞きたいと思っていたが麻野七星さんとは同級生だけでの関係じゃないだろう」
すると統子が説明した。
「そう二人は夢を見て東京に出てきました。お互いに助け合い二人の友情はかけがえのないものになりました」
「……それだけ? 十億もの金をつぎ込んで建てたこのビル。友情だけでここまでするかなぁ」
「長野前会長、会長と俺達だって厚い友情で結ばれているじゃないですか。深堀はいけませんよ。そなん友情もあるのですよ」
長野はこれ以上詮索しても無駄と思い、友情って時には愛よりも濃いものだね、と皮肉を込めて言った。
みんなが帰って久し振りに統子と二人だけで語りあった。
「優おめでとう。やっと夢が叶ったね。本当に良かった」
「ありがとう、すべて統子のおかげだよ。感謝している」
「何を言っているの、優がいたらから私は歌手になれたのよ。言ったでしょう。私の恩返しはまだまだ続くのよ」
大人になった二人にはいつの間にか、恋という文字は消え厚い友情で結ばれていた。男の女の友情というのも変だが親友という方がピッタリだった。お互いに助け合って十三年共に三十一歳となった。いつか二人は好きな人が出来たら結婚するだろうが、今のところ二人は仕事が面白くて考えていないそうだ。
時は更に流れ十年の月日過ぎていた。堀田が自伝と称して一冊の本を出した。
《ワルから始まった人生》これは中学時代から高校時代まで突っ張り人生において書かれていた。もちろん統子の事は伏せてあるが恩人として登場して恩師や世話になった人々によって現在の地位を築いた自伝は評判となった。
一方の統子はいまや歌謡界の大御所と呼ばれるようになり、以前ほどのヒット曲はないがコンサートでは絶大な人気を誇っている。ところが未だに二人共、恋人がいるとか噂は聞こえてこなかった。
そんなある日、堀田と統子は、ある行きつけのスナックで待ち合わせた。このスナックは堀田が資金を出した店で経営は知人に任せてある。シムの練習生と交流を深めるための場所でもある。よって二人で会う時は貸し切りにしていた。
「ねぇ優、私そろそろ引退をしょうと思っているの」
「なんでだ。まだ四十一歳じゃないか」
「まだじゃなく、もう四十一歳よ。お金も名誉も手にしたし、でもなぜか満たされないんだよね」
「何が? 贅沢いうなよ。それとも何か欲しいものとか足りないものでもあるのか」
「都会の高層マンションに一人で広い部屋に住んでいて満足はしているけど、やっぱり一人じゃ寂しい……」
「何を言っているんだ。統子ならどんな男でも寄ってくるんじゃないのか」
「それが私の名声に憧れてやってくるだけ。頼りない男ばっかり」
「じゃ頼りがいのある男を探せばいいんじゃないか」
「うん、一人だけ居るけど」
「誰だよ。俺がそいつを口説き落としてやるよ」
「本当に優って鈍感なのだから、また分んないの」
「まさか俺の事か……でも俺達、友情という強い絆で結ばれているじゃないのか」
「何よ、他人事みたいに、もう友情ごっこは飽きた。そんな優はどうなのよ。好きな人でも居るの」
「いや……俺もこの十年、何人かはいたけど何故か統子と比較してしまうと駄目になってしまって」
「私もそう、優と比較してしまう」
「そうだな。俺と統子は運命かも知れないな。だけどこんなワルでいいのか」
「いいの、優の魅力はやはりワルよ」
「でも俺たちが結婚したら美女と野獣って騒がれるんじゃないのか」
「私は騒がれるのは慣れているけど優はどうなの」
「そりゃあ日本一の美女と一緒になれるのなら大いに騒いでもらいたいね」
統子は四十一歳でスッパリと歌手を引退し家庭に入った。堀田は現在三人の世界チャンピョンを育てジムも狭くなり近くに新しくジムを建てた。統子が歌手を辞めても悠々自適の暮らしは出来るが、統子は引退しても堀田の稼ぎより遥かに高額な印税の金が入って来る。
更に更に年は流れ二十年が過ぎた。東京の郊外に大きな屋敷がある。しかも敷地面積は三千坪もあり、まるで公園の中に家を建てたような広さだ。この敷地を統子が買う時、堀田は「いいんじゃない、苦労して得た金だもの」と賛成してくれた。
広大な敷地で今日は長男が大学入学祝と長女の高校入学祝が重なり。広い庭の芝生にテーブルを並べ沢山の料理が雇われた料理人や使用人達で用意されていた。二人共六十一歳になりチラホらと白髪もあるが、統子の美貌は健在だ。堀田はそんな統子を眺めているだけで満たされた。あれから四十五年色んな出来事があったが、まさかこんな幸せを手に入れるとは……
「貴方。何をボーと私を眺めているの、照れ臭いわ」
「別に見ていても金を取られる訳じゃないし」
「金を取るわよ、私の肖像権は高いのよ」
了
執筆の狙い
学校でも有名なワル堀田は将来歌手を目指していた統子と初めて会ったのは、河川敷の草むら。服が破け下着が露出していた。彼女は不良グルーブに襲われた。
いくらワルでもか弱い女性を襲うとは許せず、三人を探して袋叩きにしてやった。
時には流れ10年後 統子は売れっ子の歌手になっていた。一方、堀田はボクシングの道に進み日本チャンピョンに。
統子が有名な歌手になったと知った三人組は過去の事を知られたくなかったらと強請って来た。有名人にとってこれが暴かれたら歌手生命に関わる。怒った堀田は三人組を半殺しにして刑務所に入る事に……