どんでん返し
【宇宙からの来訪者】
「警部、一体何ごとですか?」
「あそこを見ろ! UFOが墜落した」
「警部! 何か降りてきました。もしかしてあいつは宇宙人ですか?」
「そりゃあそうに決まっているだろ。墜落したUFOから降りてきたんだからな。俺も初めて見る」
「どうします?」
「何寝ぼけたことをいっているんだ。逮捕するに決まってるだろ」
「でもこいつ不時着したUFOに乗ってただけですよ。一体何の容疑で逮捕するんですか?」
「そんなものは後からどうとでもなる。野放しにしておいて何か面倒起こされたらその方がコトだろう」
「分かりました。では警部、確保お願いします」
「お前がやれ」
「えー、いやですよ。気持ち悪いし、目からビームでも出たらどうするんですか」
「そんなわけないだろ。これは命令だ」
「はいはい、分かりました。ん?」
「何かあったか?」
「文字なんですかね、これ?」
「どれだ? 見せてみろ」
「この『NASA』ってのです。読めますか?」
「俺が読めるわけないだろ」
了
【キャプテン】
「キャプテン! もうすぐ着岸です」
「よし! 全員準備しろ!」
キャプテンの号令のもと、皆が準備に取り掛かって間も無くのことだった。
ガシャーン
突然轟音が鳴り響き、激しい衝撃でクルーズ船が傾く。
「うわー」
一同は傾いた船内でバランスを崩し、床に倒れてしまう。
「一体何事だ!」揺れが収まってからキャプテンは立ち上がり怒声をあげた。
「わかりません。でも、もしかして何かにぶつかったのかもしれません」
その時、船内に緊急放送が流れた。
「当クルーズ船は、先ほど貨物船と衝突しました。船艇を一部破損し、浸水が確認されましたが、水密扉によりこれ以上の浸水はありません。沈没の心配はございませんので、しばらく客室に待機して頂きますようお願いします。新しい情報が入り次第お知らせいたしますので、落ち着いてスタッフの指示に従って行動して下さい」
「キャプテン、ひとまず安心ですね」
「馬鹿かお前は、あんなの嘘にきまっているだろ」
「え? そうなんですか?」
「ちょっと考えたらわかるだろ。本当のことを言ったら二千人の乗客が救命ボートに殺到してパニックになるだろ」
「確かに。それでどうするんですか?」
「皆が待機している間に救命ボートに行く」
「キャプテン、それはまずくないですか?」
「黙ってオレに従え」
「わかりました。それと、……」
「バットやグローブは持っていけるんですか?」
了
【寄る年波には勝てず】
「デジタルとかITとか、時代の波についていくのも楽じゃねぇな」
ハゲた頭頂部とは対象的に残った長い髪を後ろに払いながら一人の男がしみじみと語る。
「全くだ、今やスマホやネットが使えないと話にならない。アナログの時代は終わったんだよ」
話を聞いていたもう一人の隻眼《せきがん》の男が合いの手を入れる。
「それでな、頑張って説明書を読もうとしたら横文字ばっかりで何が書いてあるのかさっぱりわからんかった」長髪男が吐露する。
「横文字だけじゃないぞ、今や日本語すらよくわからん。アジェンダとかエビデンスとか舌がまわらねぇよ」隻眼男もそれにならう。
「激おこぷんぷん丸とかな」
「それはちょっと違うと思うぞ」
「あとあれだ、人がせっかく説明書を読もうとしたら、詳しくはwebでとかQRコードとかになってんだ。紙でやれ紙でってんだ」長髪男はヒートアップする。
「俺は、この前カーナビを操作してやろうとしたんだけど、あれって機種によって全然違うから諦めたよ」隻眼男は首をふった。
「そうそう、俺はケータイにかけたら出ないどころか留守電とかになっちまってなんて言おうか迷っちまった」長髪男も同意して続ける。
「昔は良かったな、アナログのカメラや電話までが俺の限界だわ」
「生きにくい世の中になったもんだ」隻眼男が感傷に浸る。
「俺たち落武者の霊だけどな」二人は声を揃えて言った。
了
【丘の上の愚者】
二人の男達が丘の上に佇み、海に浮かぶボートを眺めている。
「いい機会だ。私はお前と言う人間をはかりかねていた。それを今確かめさせてもらう」
歳の頃は五十代半ばといったところか、その男は若い男にそう言った。
「一体どういう意味でしょうか?」若い男にはその言葉の意味が伝わらなかったようだ。
「端的に言えば、お前は頭がいいのか馬鹿なのか分からんと言うことだ」年配の男は苛立ったように吐き捨てる。
その言葉に若い男は口をつぐむ。
「いいか!」年配の男はボートを指さし続ける。
「あそこにボートが見えるだろう? お前はあれを見て何を考える?」
「何かと思ったらそんな事でしたか」若い男はホッとしたようだ。
「いいから答えろ!」
「はい、今我々が立っているこの丘は海抜20メートルです。俯角、つまりここからボートを見下す角度は、そうですね60度といったところでしょう」若い男は、しれっと答える。
「他には?」年配の男は苛々をさらに募らせる。
「三平方の定理です。丘の高さを1とするなら、ボートまでの距離は√3、人並みに奢れや(1.7320508)ですね」
「何が言いたい?」年配の男は我慢の限界といった様子だ。
「つまりあのボートは岸から約35メートル離れています」若い男は得意げに答えた。
「馬鹿野郎! 俺たちのボートが流されたんだ!」
了
※タイトルはビートルズのフールオンザヒルから。シャーロックホームズのテントのエピソードを参考にしてます。
【原罪】
「やめろ! 離せ! 俺は何もしていない!」
警官二人に両脇を抱えられながら、俺はありったけの声で叫ぶ。
「うるさい! おとなしくしろ!」
二人の警官はそう言って、乱暴に俺を連行する。
野次馬が集まってきた。スマホで動画を撮っているようだ。きっとこいつらも俺が犯罪者だと決めつけているのだろう。そう思った俺は再び叫んだ。
「不当逮捕だ! 冤罪だ!」
その訴えも虚しく、俺はパトカーに押し込められた。
「お巡りさん、話を聞いてくれ!」
「ああ、署でたっぷり聞かせてもらう」運転席の警官が振り返ることなく言った。
逆境の時こそ冷静に、それが父の教えだった。俺は高ぶる感情をどうにかして沈めた。
「オリジナル•シン」俺は皮肉な笑みを浮かべて呟いた。
運転席の警官がルームミラーを通してこちらを見るのがわかった。
「なんだそれは?」助手席の警官が肩越しに聞く。
「聞こえましたか。日本語で言うと原罪。歌にもあるでしょ?生まれながらに背負った罪です。正に今の俺です」
その言葉は警官には響かなかったようで、再び前を見た。
パトカーが警察署に到着した。
「さぁ、降りろ」
「お巡りさん、一つお願いしてもいいですか?」
「なんだ?カツ丼なんかとらんぞ。あんなのはテレビだけの話だ」警官は苛立ったように言った。
「違います。冷えてきたので、上着を着てもいいですか?」
警官は一呼吸置いて言った。
「まずはパンツを履こうか」
了
【古びたラーメン屋】
テレビや雑誌に取り上げられたラーメン屋に1時間も並んでいるような奴らは俺から言わせればまだまだビギナーだ。
俺くらいになってくると、嗅覚というか直感で、その良し悪しがわかる。そんなわけで、俺は路地裏にある「ラーメン野郎」の暖簾《のれん》を潜った。
「いらっしゃい」老夫婦が年に似合わぬ威勢の良さで出迎える。
メニューはラーメンとチャーシュー麺の二種類のみ。
「合格」俺は心の中で呟いた。やたらメニューの多い店を目にするが、あんなのは自信のなさの表れだ。
店は古いが清潔だ。「合格」
「チャーシュー麺」俺は女将に言う。
「あいよ、チャーシュー麺一丁」
850円と言うのも良心的だ。なぜか世間の奴らはラーメンの価格設定にやたら厳しい。1000円になると高いと言うくせにパスタの1500円には何も言わない。どう考えてもそっちの方が原価安いだろ。
「へいお待ち」大将がチャーシュー麺を差し出す。
「ん?」
スープに大将の親指がどっぷり浸かっている。「不合格」
「ちょっと大将、指はいってんだけど」俺はたまらず言った。
「ああ、大丈夫。ちゃんと洗ってるよ」こともなげに大将は言う。
「そう言う問題じゃないだろう」俺は思わず大声を上げる。
「うるせえな、お前は素手で寿司を握るなってクチか!」大将がキレた。
頭に血がのぼった大将はふらつき、女将が肩を支えて言う。
「あんた早く病院に」
俺はラーメンに入っている大将の親指をレンゲで掬った。
了
【トイレの神様】
「かー、ぺっ」
トイレで用を足していたら、喉に違和感があって思わず僕は痰を便器に吐き出した。
それがお父さんに聞こえたようで、リビングに戻ると、お父さんは「座りなさい」と言って僕を正面のソファーに座らせた。
「いいかい」お父さんは僕の目をまっすぐに見て優しく諭す。
「トイレに痰を吐いたらダメだよ」
「何で?」その理由が気になって僕はお父さんに聞く。
「日本には八百万《やおよろず》の神というたくさんの神様がいて、色々な物に神様が宿っているんだ」
僕はお父さんの説明に耳を傾ける。
「トイレの神と言うのは右手で大便、左手で小便を受け止めるという役割なんだ」
「何それ、ばっちい!」僕は思わず叫んだ。
「だから、神様たちは誰もやりたがらない。そんな中、自ら名乗り出た神様がいて厠神《かわやかみ》となった。皆が嫌がることを進んでやるというとても位の高い神様なんだ」
「それで、何で便器に痰を吐いたらダメなの?」僕は続きが気になった。
「厠神さまは両手が塞がっているから、痰を吐かれると口で受け止めないといけなくなるからだよ」
「わかったよ、お父さん。僕もう便器に痰を吐かない」
「わかってくれたならお父さんも嬉しいよ」
「でもさ、お父さん。厠神さまはそんな仕事する必要あるの?」
「そう言われてみればそうだな」厠神は呟いた。
了
【千年王城】
京香は、いけすかない生え抜きの京都女。表だって口にしないけど、京都で生まれ育ったことを鼻にかけ、滋賀県育ちの私を見下している節がある。
滋賀県にもいい所はいっぱいある。彦根城は国宝だし、黒壁スクエアだって人気の観光地だ。延暦寺はじめ、歴史ある古寺名刹《こじめいさつ》だって数えきれないほどあるし、近江牛とか有名なバームクーヘンのお店とかグルメにも死角はない。
だけど、私だってバカじゃない。そういったことで京都と張り合ったって勝ち目はない。
でも、でも、京香が京都訛りで言ったあの言葉、「滋賀県ですか? さぁ琵琶湖しか思い浮かびまへんなぁ」には、生まれて初めて殺意というものを抱いた。きっと、京香のなかでは滋賀県の半分は琵琶湖でできているという考えなのだと思うと悔しくなった。
「たった六分の一なのに」私は拳を握りしめた。
だけど、お嬢様育ちの京香は知らないはず。その琵琶湖こそが京都のアキレス腱であることを。今度滋賀県をバカにしたら、絶対言ってやるんだ。
「滋賀県の方は鮒《ふな》を腐らせて食べるんでしょ。うちは滋賀には住めまへんなぁ」コンパの席で京香が言った。
今がその時だと私は思った。
「ちょっと、京香! いい加減にして。あんまり滋賀をバカにすると琵琶湖の水を止めちゃうよ」
言ってやったと得意げな私をよそに京香はキョトンとしている。
「その水門を管理しているのは京都どすえ」
私は膝から崩れ落ちた。
了
【殺し屋】
俺は兄貴と宅配業者を装いターゲットのマンションに侵入した。チャイムを鳴らすと、女がドアを開けた。情報通りだ、女の名はジェニファー、金髪に青い瞳のアメリカ人でターゲットの愛人だ。俺はすぐさま女の自由を奪い兄貴と奴《やっこ》さんのいるリビングに入った。
「何だ手前《てめえ》ら」男がテーブルに置いてあったチャカに手を伸ばしたが、兄貴は一瞬で奴の額を撃ち抜いた。
「プシュ」サイレンサーに銃声がかき消される。
「任務終了。兄貴にかかれば楽勝ですね」
「あんたー」女が絶叫する。
「ガタッ」俺と兄貴は物音のした方を見た。
「ステファニー!」女が叫び駆け寄る。
幼いステファニーには侵入者の言葉は分からず目の前の光景にも理解が追いつかない。何か恐ろしいことが起きているという本能がその小さな体を震わせた。
「やめて! ステファニーには手を出さな……」
「プシュ」兄貴は躊躇うことなく女に引き金を引いた。全くしびれるぜ。俺は冷酷非道な兄貴に憧れてこの世界に入った。
俺は、なき叫ぶステファニーを床に押さえつけて言う。「兄貴どうしますこいつ? 殺《や》っちゃいますか」
「たっぷり可愛がってやる」兄貴の口元が緩んだ。俺は耳を疑った。
「え? こいつをですか?」
兄貴はステファニーの身包《みぐる》みを剥がしバスルームに消えた。
俺は兄貴のそんな性癖みたくなかったぜ。バスルームから聞こえてくる声に耳を塞いだ。
「血がついちゃったねーキレイにしまちゅよー」
兄貴、犬好きだったのか……。
了
【無冠の帝王】
社長に呼び出された。
俺は案内された部屋へと入る。四ツ井建設は誰もが知る大企業で、その社長と言えば幹部でないと本来会うこともできない天上人だ。俺も噂でしか耳にしたことがない。
一体これから、何を言われるのだろう? 緊張で体が震える。
不倫がバレた?
セクハラがバレた?
まさか取引先から裏金を貰っていたことがバレた?
ダメだ。心当たりが多すぎる。
社長が憮然とした表情で入ってきた。専務に部長もいる。ただごとでないのは誰の目にも明らかだ。
心なしか椅子に座った社長はどこか悪びれているように見える。
社長の口から信じられない言葉が発せられた。俺は驚きのあまり言葉を失う。俺は住む場所さえも奪われてしまうのか?
沈黙する社長。おとなしそうにしていた専務は君子豹変する。
俺は抜け殻のようにデスクに戻り。今日の出来事を認《したた》める。
明日からどこで暮らしたらいいんだ? 俺は頭を抱えた。俺は画竜点睛《がりょうてんせい》を欠いていたことに気づき再びペンをとる。
「四ツ井建設手抜き工事発覚」
今日の記者会見は衝撃だった。三十年ローンで買った俺のマンションは補償してもらえるんだろうかと考えながら、記事を書き上げ俺はペンを置いた。
【憮然】落胆して呆然としている様子
【悪びれる】怯える
【君子豹変す】地位のある人は速やかに過ちを認めて名誉一新する
【画竜点睛を欠く】肝心なところが抜けてる
【無冠の帝王】新聞記者
了
【タイムトラベル】
私は超がつくほど天才だ。この世に私の知らないことなどない。一般にIQが20違うと話が通じないという。私のIQは250だ。もう誰とも通じないカンジ。
人類の長い歴史を見ても私を超えるものはいないだろう。
対して、弟は凡人だ。
私にはおよそ凡人には理解できない苦しみがある。森羅万象、世の中の理を全てを理解してしまった苦悩。知らないことが存在しないことが私の苦しみだ。この苦しみから解き放たれるには、”死”しかない。
だけど、痛いのや苦しいのは嫌だ。
そこで私はタイムマシンを開発した。昔の映画にあったように、過去に戻って両親の出会いを妨害してしまえば私は存在そのものが消える。そこには一切の痛みや苦しみはないはずだ。
この計画を聞けば、人はこう言うだろう
「他にもっと簡単な方法あるよね?」
それは凡人の発想だ。
ともあれ私はタイムマシンで過去へとたどり着いた。
両親の出会いはダンスパーティーだったという。
いた!
どんな方法をとったかを詳細に書くと、無駄に長くなるから書かないが、ともあれ私は両親の出会いを無きものにした。
おかしい、私の存在が消えない!
凡人科学者の定説では、過去の出来事に干渉しても、歴史を変えることはできないとされている。だが、そんなものは戯言だ。IQ250の私の知能に間違いなどない。何か私の理解を超えたファクターが存在するのだろう。私は生きる目標を見つけた。手帳を開き「不確定なファクター」と書き記し未来(現代)に戻った。
弟が消えていた。
私は再び手帳を開き「ファクター」を二重線で消して新たな文字を書き加えた。
「不確定な両親」
私の両親は誰だ?
了
※お題もらって一時間以内に書いたものです。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10291932665
【秘密】
夫の部屋を掃除しているとき、卓上カレンダーに㊙︎という文字が書かれていることに気がついた。
もしかして、夫は何か隠し事をしているのだろうか? そんな思いが頭によぎった。
㊙︎と書かれた日にちが、何を意味するか考えてみたがわからない。誕生日でもなければ結婚記念日でもない、そもそも夫はそういうことに気が回る人ではない。
それなら、仕事のことだろうか? いや、そんなはずはない、夫は仕事を家庭に持ち込むことはない。家で仕事をすることも、仕事の愚痴さえも漏らしたことがない。家にいる時くらい仕事のことは忘れたいというのがその理由だと聞いたことがある。
まさか、浮気? 私は頭を振った。夫はそんな人ではない。そうは思いつつも、私は先月のカレンダーを確認すると、やはりそこには㊙︎の文字があった。さらに遡って確認してみると、月に一、二個、決まって月曜日に書かれている。
私は記憶をたぐった。そういえば、いつも定時で帰ってくる夫が、時に二時間くらい遅く帰ってくることがたびたびあった。それが月曜日だったかと言えばそうだった気もする。それに、先月小遣いをあげてくれと言っていた。
私はこれまで得られた情報から推理を働かせる。
「美容師の女と密会している」
美容院は火曜日が休みのところが多い、夫はいつも美容院で散髪しているから、そこで出会った美容師と恋に落ちて、月曜の営業が終わったあとあんなことやこんなことをして何くわぬ顔で帰ってきているのではないか?
私は次の㊙︎の日に夫を尾行することにした。
困ったことになった、とても妻には打ち明ける事はできない。俺は深いため息を漏らした。こんなに長引くとは思っていなかった。妻に気付かれる事なく、さっさと終わらせるつもりだったのに、ずるずる半年も続けている。くそっ、今の小遣いじゃやっていけない。とうとう、へそくりを切り崩してしまった。今日こそはと思っても、いつも最後にあの悪魔のような微笑みで「また来てくださいね」と言われると、俺はただ流れに身を任せるしかない。
そして㊙︎の日
夫が会社から出てきた。私は気づかれないように後をつける。やはり、家とは反対方向へと向かっている。夫は、足を止めると周りをキョロキョロ確認して、慌てて建物に入っていった。
「ここって!?」私は驚きのあまり、口を押さえた。
俺は今日も妻とは違う女の前でパンツを下ろす。最初は躊躇いがあったが、慣れてしまえばなんて事はない。そんな自分が怖くなってきた。
そしてコトを終えて、彼女は言う。
「それでは、また二週間後」
まだ、続くのかと俺は肩を落として、泌尿器科の建物を出た。
了
※カクヨムのイベント課題【秘密】で書いたもの
【さっちゃん】
「知ってる? 絵里子ったらカレ氏に浮気されたって言って朝からカンカンなんだよ。絵里子ってすぐキレるじゃん、言っちゃあ何だけど私は浮気される絵里子の方に隙があると思うの」
同じクラスの早苗《さなえ》はそう言っておかしそうに笑った。早苗は絵里子と幼馴染で一緒に学校に来てるけど、内心絵里子の事をよく思っていないようで、私はしょっちゅうグチを聞かされている。正直うんざりしていた。私にとって絵里子は特別仲が良いわけでもないけど、敵視しているわけでもない、はっきり言ってどうでもいい存在だった。
「さっちゃんいる?」隣のクラスから絵里子が鬼の形相で入ってきた。瞬間早苗の表情が凍りついた。
「ちょうどいいわ。二人とも放課後付き合って」絵里子は私たちの方にツカツカ歩いてくるなり、そう言い放った。
「ちょっと、絵里子落ち着いて、怖いよ」早苗がオドオドしながら宥《なだ》める。
「ひどいよ、さっちゃんだったんだね。マー君と浮気していたの」絵里子は涙目になりながら訴える。
「マー君て木村将司君のこと?」私は早苗に問いかける。
早苗は複雑な表情を浮かべて頷いた。
ははぁ、そう言うことかと私は状況を理解した。そしたら、なんだか絵里子に意地悪をしてやりたくなった。
「まぁしょうがないよね。さっちゃん可愛いし、絵里子に隙があったんじゃない?」私は絵里子に言った。
「ちょっとやめてよ」早苗が私の言葉に慌てふためいた。
「他人事みたいに言わないでよ!」そう言って絵里子は私を睨んだ。
「それにね将司君の方から、さっちゃんにアプローチしてきたんだよ。だから、さっちゃんは悪くないんだよ」私は怯むことなく言い返した。
早苗は教室を飛び出した。
「あんた!」絵里子が怒鳴った。
「自分のこと、さっちゃんって言うのやめな!」
了
【危機一髪】
迂闊だった。苦労してようやく出版社に原稿を持ち込むアポを取ったというのに、私の乗ったタクシーは道路工事による渋滞に捕まってしまい遅れそうだ。
スマホで編集部に連絡を入れれば済む話なのかもしれない。だが、余裕を持って行動しなかったことを責められはしないだろうか? そうなってしまっては、作品の良し悪し以前に、原稿を見もせずボツにされてしまうのではないだろうか?
私は薄くなった頭を掻きながら、そんなことを考えた。次に信号が青になったら、この片側交互通行をパスできるだろうか? もしそうなら余裕で間に合うだろう。ダメならここでタクシーを降りて走ろう。そうすれば何とか間に合うはずだ。
カバンを開けて、原稿の入った封筒を取り出して脇に抱える。近頃の人たちはパソコンやスマホで小説を書くが、原稿用紙に万年筆で書くというのが私の矜持《きょうじ》だった。財布から五千円札を抜いてすぐに支払えるように身構える。料金は三千円ちょっとだと思うが、少しでも時間を節約したい。お釣りは惜しいが、運転手のチップにしようと決めた。
引き寄せの法則というのか、悪いことを考えると悪い方に流れる。案の定、タクシーは工事区間の手前で止まった。私は運転手に、ここで降りる、釣りはとっておいてくれと五千円札を差し出した。運転手は私の頭に視線を向けたあと、笑顔で受け取った。その笑顔は何だと気分が悪くなった。
私は編集部へと走る。薄い頭を隠すためにバーコードのようにセットされた髪が風ではためく。心なしか通行人がそれを見て笑っているように見えた。
何とか十五分前に辿り着けた。通された部屋で担当者を待つ。
現れた担当者は二十代半ばだろうか、彼も私の頭を一瞥《いちべつ》した。それが失礼な行為だと思ったようで、すぐさま視線を外した。だが、それはそれで失礼だということを分かってはいないのだろう。お前もあと二十年もしたらこうなるんだと心の中で毒づいた。
その担当者は封筒から原稿を取り出して、手元に視線を落とす。いきなり眉を顰《ひそ》めた。
ダメか、そう思ったが彼はそのまま一気に読み通した。原稿をトントンと机で揃えて置くとこちらに向き直って口を開いた。
「面白いと思います。ただ、髪なんですよね」
その言葉に私の中で何かが切れた。
「何だアンタ! いくら編集者だからって失礼じゃないか!」思わず私は叫んだ。
終わったと思ったが、後悔はない。作品はあくまで作品で評価されるべきだ。アイドルでもあるまいし、私の外見で判断するようならこちらから願い下げだ。
彼はキョトンとした表情を浮かべて原稿のタイトルを指差して言った。
「この『危機一発』なんですけど、”発”じゃなくて”髪”なんですよ」
私は秒で土下座した。
了
※カクヨムイベント【危機一髪】用で書いたもの。
執筆の狙い
鍛錬場や伝言板よりもスレッドが居心地良い今日この頃。
ろくに執筆してないので、
ショートショート修行の時に書いたものからいくつか見繕ったのと、その後の作品をいくつか寄せ集めました。多分、一話400-1000字位の読み切りです。
なので、ぷりもファンの方には既読かもです。
最後の一行で落とすのを理想としてますが、それはなかなか難しいものですな。
【校閲歓迎】です。