作家でごはん!鍛練場
上松 煌

北風(ならい)

 波濤をかすめる海鳥のつばさが見えていた。
垂れこめる雨雲に、冷え閉じられた岬のはずれ。
屹立する陸の尽きて終わるところ。
痩せさらばえた荒磯に石混じりの波が寄せては返す。

 霧に靄に霰に、陽の光は常に暗く。
鈍く張られた氷は溶け流れるすべなく。
ただ渺茫の原に淀みわだかまり。
吹きつのる北風(ならい)に、さらに凍てつく。
 
 古い大戦の名残りは半ば朽ち、半ば壊れて。
猛る潮(うしお)に重く濡れるのだ。

 迷彩の残る基礎を噛む波に、夕日は一時(いっとき)紅く。
茫漠たる大地に機銃の音はすでに絶えて。
鬼哭の声もなく。
 
 今はもう、誰もいない。

 打ちつける氷雨に気嵐(けあらし)が蠢く。
荒ぶ風の間に間に白く、いくつもの朦朧とした人型。
なぜか頭があり、胴体があり、腕が招くように見える不思議
よどむ海鳴りとくぐもるうねりの底から、『シキモウレイ』のように立ち上がる影。
颶風は甲高く人語に似て、潮は龍吟のままに宇久を叫ぶ。

 泡立つ千尋(ちひろ)の深みに今日も平安の祈りを投げて。
時は神の如く峻厳の高みを往く。

 おれは頭を上げ、喉いっぱいに詠うだろう。
見捨てられた命の哀しみを。
捨石となる者の崇高な決意と慟哭を。
亡き魂への追悼と哀惜を。
そしてアッツ島を。

 識れ、刻め、称えよ。
心は今も蒼茫の海を渡る。

北風(ならい)

執筆の狙い

作者 上松 煌
M106073145001.v4.enabler.ne.jp

けっこう初期のころの旧作。
書けなくてジタバタ苦しんでいた時の作品で、春夏秋冬の風がテーマの4部作にするつもりだったけど、冬の北風を書いたところで
力尽きちったw
おれは自らを削り出す心づもりで書くんで、そういう時の言葉は尖って鋭角になり、文体は詩のように短くなる。

コメント

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>上松 煌さん

読ませていただきました。
北の厳しい海の情景描写から、

>古い大戦の名残りは半ば朽ち、半ば壊れて。

と続くので、戦争の残骸と共に海を眺めているのかな、と想像しました。
読み進めていき真相がわかり、私は驚嘆しました。

アッツ島でしたか……

私は以前にカクヨムでアッツ島の玉砕ならびにキスカ島の霧中の撤退作戦をノンフィクションで書いたことがあって、それを思い出しました。
アッツ島の戦い。
大本営が初めて「玉砕命令」を出した戦いでしたね。
海軍の協力が不可能な情勢であったため守備隊を撤退させることが叶わず、下記の「玉砕命令」が出されました。
「アッツ島守備隊総員の力をもって、敵兵員の撃滅を図り、最期に至らば潔く玉砕し、皇軍軍人精神の精華を発揮する覚悟を望む」

5月29日。アッツ島守備隊から大本営宛の最期の電報。
「我が部隊はほぼ壊滅。生存者150名。陣地の大部分を喪失せり。これより、敵に最後の鉄槌を下し、これを殲滅し、皇軍の真価を発揮する。野戦病院に収容中の負傷者は、軽症者は自らを処理させる。重傷者は軍医をもって処理させる。非戦闘員は武装し、後方から支援させる。生きて捕虜となることのないよう覚悟させた。この後、無線機と暗号書を焼却す」

5月30日
大本営発表
「アッツ島守備隊は、極めて困難なる状況下において、優勢なる敵兵に対し、皇軍の神髄を発揮せんと決し、全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり。通信は途絶。全員玉砕せるものと認む。傷病にて攻撃参加し得ざる者は、これに先立ち自決せり」

戦史に詳しい方なら、
この後のキスカ島撤退作戦のエピソードにも燃えるわけですが、
艦艇を派遣できずにアッツ島守備隊を全滅させてしまった大日本帝國海軍が、その名誉挽回のため、隣の島のキスカ島からの撤退作戦を意地でも成功させる流れは、日本人の魂を震わせますよね。
あ、話が脱線してしまいました。
ついつい熱く語ってしまってすみません^^;

作品を読ませていただきありがとうございました。

夜の雨
ai225013.d.west.v6connect.net

「北風(ならい)」読みました。

たしかに「詩」ですね。
文章は尖って鋭角になっていますが、それが御作の世界観に合っているのでは。

一言一言、心に刻みながら読み込む文ですね。
そうすると情景がはっきりと見えてきますが、そこには暗い過去が迫って来て。
それが古い大戦の名残りで半ば朽ち、半ば壊れてというあたり、御作の世界が深い闇の底から歴史が浮かび上がってきそうです。

文体は鋭いですが、後半部分で主人公が語っているところなどは心が熱いです。

「アッツ島」は、御作を読んだ後、ネットで調べました。
写真等を見ると自然の宝庫ですね。
横に50キロほどありそうで美しいところですが、むかしここで戦いがあったのですね。
残骸がところどころに写っていました。

ところで御作を読んでいてある曲が浮かびました。

さらせ冬の嵐
作詞:松井五郎/作曲:水森英夫/編曲:馬飼野俊一
2018年3月28日に発売された山内惠介の歌唱。

この「さらせ冬の嵐」の曲が御作のイメージと合います。
歌詞の内容はもちろん違いますが、雰囲気があります。
一度YouTubeで視聴してください。


お疲れさまでした。

上松 煌
M106073145001.v4.enabler.ne.jp

 おっ、神楽堂さま、こんばんは
早い段階でお読みくださり、感想の先鞭を付けていただき、ありがとうございます。

   >>私は以前にカクヨムでアッツ島の玉砕ならびにキスカ島の霧中の撤退作戦をノンフィク
ションで書いたことがあって、それを思い出しました<<
     ↑
おおう、これは貴重な。
ノンフィクションという部分が素晴らしい。
是非、ごはんに転載していただけないでしょうか?
(メンドイな。カクヨムに見に行けば?)と思うかもしれませんが、転載していただければ、より多くのごはん民が目に出来るでしょう。
小手先のいい加減な作品が多い中、歴史を踏まえた真摯な作品はごはんの質の向上に役立つのでは? と感じます。


 また、アッツ島玉砕にはキスカ島無事撤退がセットになっていて、霧深い深夜キスカ島将兵を乗せた船舶がアッツ島沖を通過した折、「ばんざぁい」という多くの人々のどよめきが、船を送るかのようにいつまでも聞こえていたという。
アッツ島将兵が怒涛のような万歳突撃をした後の時刻で、それは「英霊」の声であり、無事撤退は「英霊」の遺志だったのでは? という話をガキのころ読んだことがあります。


   >>5月29日。アッツ島守備隊から大本営宛の最期の電報。
「我が部隊はほぼ壊滅。生存者150名。陣地の大部分を喪失せり。これより、敵に最後の鉄槌を下し、これを殲滅し、皇軍の真価を発揮する。野戦病院に収容中の負傷者は、軽症者は自らを処理させる。重傷者は軍医をもって処理させる。非戦闘員は武装し、後方から支援させる。生きて捕虜となることのないよう覚悟させた。この後、無線機と暗号書を焼却す」
5月30日
大本営発表
「アッツ島守備隊は、極めて困難なる状況下において、優勢なる敵兵に対し、皇軍の神髄を発揮せんと決し、全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり。通信は途絶。全員玉砕せるものと認む。傷病にて攻撃参加し得ざる者は、これに先立ち自決せり」<<
    ↑
 なんと恐ろしい記述であり、現実でしょう。
これを読むと本当に戦争は悪魔の所為であり、二度と再び戦争を引き起こしていけないという戦争反対者の論調も理解できます。
ただ、戦争はロシアの侵攻を見ればわかるとおり、ある日突然、敵国が攻め込んでくる。
その理不尽で卑劣な破壊・殺戮行為に対して何もしなかったとしたら、敵の思うままに国も民衆も翻弄されるだけです。
国家は国民を保護しその権利を守るために存在し、国民は自らの生命財産を守ることが国家の存続に繋がる。
ウクライナの国民が、老人すらも銃を手に立ち上がったのはそのためです。
その姿を見て平和ボケ日本からも60名以上の自衛官や民間人が傭兵として志願して行きました。
国家を持たなかったユダヤ人が、ほとんど無理やりイスラエルを建国して世界の火種になっているのも、自分を保護し拠り所となってくれる国家を持たない悲哀が骨身にしみているからでしょう。

 おれも余計なことを語ってしまいましたが、あなたのアッツ島の作品をこのごはんで是非拝見したく思います。
 
   >>作品を読ませていただきありがとうございました<<
     ↑
 いえいえ、こちらこそ本当にありがとうございました。

上松 煌
M106073145001.v4.enabler.ne.jp

 夜の雨さま、こんばんは
ごはん民の作品を精力的に読んでくださっているようで、頭が下がります。
おれの作品もいつもお世話になり、毎回、感謝に耐えません。

   >>一言一言、心に刻みながら読み込む文ですね。そうすると情景がはっきりと見えてきますが、そこには暗い過去が迫って来て。それが古い大戦の名残りで半ば朽ち、半ば壊れてというあたり、御作の世界が深い闇の底から歴史が浮かび上がってきそうです<<
    ↑
 そう言っていただけてうれしいです。
限りなく崇高にも醜悪にもなる人間の性を描き出したつもりです。


   >>文体は鋭いですが、後半部分で主人公が語っているところなどは心が熱いです<<
    ↑
 ありがとうございます。



   >>「アッツ島」は、御作を読んだ後、ネットで調べました。写真等を見ると自然の宝庫ですね。横に50キロほどありそうで美しいところですが、むかしここで戦いがあったのですね。残骸がところどころに写っていました<<
    ↑
 そうですね。
アッツ島の現在は、なんと観光地になっています。
ggって出てくる写真は緑豊かで閑静、寒冷地らしい清清しさに満ちてのどかですw
夏の一番いい時期に撮ったのでしょうね。

   >>さらせ冬の嵐
作詞:松井五郎/作曲:水森英夫/編曲:馬飼野俊一
2018年3月28日に発売された山内惠介の歌唱。
この「さらせ冬の嵐」の曲が御作のイメージと合います。歌詞の内容はもちろん違いますが、雰囲気があります。一度YouTubeで視聴してください<<
    ↑
 曲をご紹介くださりありがとうございます。
さっそく、ようつべで拝聴しました!
でも、ド演歌でしたぁ。
愛だの恋だのの歌でした。
おれの感覚では「さだまさし」の「海は死にますか」とかなんとかの歌詞のあるほうがしっくり来る感じでしたねw

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